*玉田圭司選手&柏*Fight(BLUE×YELLOW)
サッカー大好き女子高生のサッカー観戦記などなど(^^*) 頑張れ!玉田選手!柏レイソル!日本代表! 基本的に毎週土曜or日曜更新
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読書感想文①
私が玉田選手を好きになったのは、
多分、
偶然なんかじゃなかったんだ、
と思った。

あのタイミングで玉田選手だったことに
大きな大きな意味があった。
そう思った。

これは、私の人生を変える出会いだった。
そう確信できた。

私が本格的にサッカーを見始めたのは
2005年5月。
キリンカップvsUAE戦が最初だったと思う。

玉田選手の存在を知ったのは、2004年。
でも、アジアカップはヨルダン戦のPKの記憶しかない。

父が浦和サポのため、田中達也の存在は知っていた。
初めて玉田選手をみた私は、父にこう聞いたのだ。
「この人かっこいい!田中達也ににてる。誰?」
今では考えられない発言だけど、始まりなんてそんなもの…ですよね?

最終予選初戦の北朝鮮戦は、志望校の受験日前日だった。
2月9日。
結果は塾で知った。
特別サッカーが好きだったわけではないが、
日本が負ける、というのは縁起が悪いし、
勝利を聞いた時は、友達と抱き合って喜んだ。
もちろん、試合内容も知らなければ、
誰が決めたかなんて事も知らなかった。

私は受験で失敗した。
そもそも、サッカーなんて本当にどうでもよくて、
2004年、私の頭には、志望校に受かることしかなかった。

一途。
なんです。
とても。
だから、その高校も一途に愛していました。
ほかの事は全然目に入っていなかった。

落ちた時は、本当に、
目の前が真っ暗
になった。

信じられなかったし、先の事も考えられなかった。
幸いにも、他の受験校は全て合格していたので、
選択の余地はあった。
でも、私の中で、高校っていうのは
その志望校しかなくて、
だから、正直どうでもよかった。

一応一週間くらい迷って、
結局偏差値の高いほうをとった。
女子校だったってのも大きかったかな?

でも、この選択は、間違いじゃなかった。
いや。
玉田選手のおかげで、正解になった。

ちなみに中学時代、私は男子が好きじゃなかった(笑)
幼稚で、疲れる。
都立が眼中になかったのは共学だからでした。
恋、もしてなかった。
かっこいいな、くらいの感情しか抱かない。

私は異性を本気で好きになることがあるのだろうか、
と本気で考えたことがありましたよ(笑)
あ、レズとかそういう気はさらさらないですけど。

とにかく、大失敗に終わった受験。
これから始まる高校生活に、
私はなんの夢も希望も抱いていませんでした。

後悔とか、そんなものばかりの毎日。
今考えれば、かなり病んでたと思います(笑)

滅多に泣かない私が、
来る日も来る日も一人部屋で泣いてましたからね。
恐ろしい。
よく今普通に生きてるな、と思う(笑)
周りからみたら全然普通だったと思うけど。
そこはプライドがあるからね。
やっぱり、人前では弱音吐いたり、
泣いたりしたくなかった。

でも、落ちた志望校を連想させるようなものをみると、
自然に涙がでてくる。
泣く、というより、涙がでる、
という感覚。
自分の意識の外で、勝手に涙があふれてくる。
なんで落ちなきゃいけなかった。
時間をもどしたい。
全部なかったことにしたい。
そればかり考えていました。

で、なんの展望もないまま
行きたくもない高校に入学したわけです。

が。

ここで、私は運命を変える人と出会うわけです。

玉田ファンに。

もし、この出会いが無かったら、
私はいまでも腐ったままだったかも知れません。

高校に入学する少し前くらいから、
サッカーに興味をもちはじめていた私は、
とりあえず、
好きなサッカー選手は?
と聞かれて、
玉田選手
と答えるくらいにはなっていましたが、
本当にそれくらいの意識。

多少ネットで調べたりはしてましたよ。
もっとも、
玉田こう
って調べてて、全然検索できなかったんですけどね(笑)

自己紹介のときに、その子が、
「サッカーと玉田選手が大好きです。カード集めたりしてます」
っていうの聞いて、
私はサッカー好きの範疇にはいらないな、と思っていました。
カードってなんぞや!みたいな(笑)

でも、玉田選手好きってのは同じだなぁ、と。
どっちかっていったらマイナーだったんですよ。玉田って。
中学時代も、宮本はわかっても、玉田はわからない。
玉田が好きっていうと、みんな分らないんですよ。
大体、稲本とか小野とか鈴木とかで。
だから、ちょっと嬉しかった。

で、
「私も玉田好きだよ」
みたいな話をして、それで、
父のサッカーマガジンあげる約束して。

あげるためには、玉田選手の記事を
探さなくちゃならないわけで。
父がおいておいてくれた中から、
玉田選手の記事をピックアップして。

そうしているうちに、段々好きになっていました。

はまり始めると、知りたくなる。
そこらへん、徹底してるんです(笑)
その子といろいろ話したり聞いたり、
父にも聞いたり、
過去のサッカーマガジンあさったり(笑)
ネットでも探して。

もちろん
玉田圭司
で(笑)

そうこうしているときにUAE戦があったんです。
まぁ、負けましたけどね(笑)

まだJリーグをちゃんとみるまでには至らないものの、
代表戦は一応みるようになりました。

はまるとはやい私は、
7月には国内の主要選手の顔と名前は一致するようになり、
J1リーグ18チーム名もそらでいえるようになっており、
クラスからは完全に

サッカーファン(=玉田の熱狂的なファン)

として認識されていましたね。
元祖の子よりも(笑)

そして、8月にはサッカー初生観戦(記憶にあるなかでは)
なんと初が代表戦っていう(笑)
さらにその一週間後にはJリーグデビュー。
こちらは千葉ダービー(笑)
豪華なサッカー観戦デビューです。

いつの間にか、すっかり新しい毎日を楽しんでいる自分。
そこにはいつもサッカーが、玉田選手が。

今、私から、
サッカーを
玉田選手を
とってしまったら、
一体何が残るのか。

味気もくそもない、平凡以下の毎日。

それだけです。

玉田圭司がサッカー選手で、日本代表だった。
その事実が、私の人生を救ってくれた。

本気でそう思っています。

2月12日。合格発表。
全てが終わった。

本気でそう思っていました。

なんとなくなんとなくで過ごすことになるはずだった、
後悔とふてくされた感情で過ごすことになるはずだった、
無味乾燥の3年間が、
いつの間にか、
かけがえのない3年間へと
変わっていた。

それは、他の誰でもない、
玉田選手と、
そして、玉田ファンのクラスメイト、
そして、野球のなにが面白いんだ、と言い切る
根っからのサッカー人間である父、
この3人のおかげです。

落ちてよかった。

今、私は、心の底からこういえます。
1年半前の自分がしったら殺されそうです(笑)

サッカーを好きになって、
玉田選手を好きになって、
1年が経とうとしています。

今では、サッカーについてのブログが書けるくらいまで
サッカーに詳しくなりました。
J1リーグのほとんどの選手の顔と名前が
一致するようになりました。

海外サッカーも、
サッカー部と談笑できるくらいになりました。

代表戦は、スコットランド戦を含めて4試合。
Jリーグは2試合。
その他天皇杯やユースを2試合。

計8試合を生で観戦しました。
国立、日産スタ、日立台、フクアリ。
首都圏主要競技場には足を運びました。
埼スタは行くので、そろそろ味スタにも行きたいな。

カードってなんぞや?といっていた私に、
今では100枚を軽く越えるコレクションがあります。

レプリカユニやTシャツ、タオル、マフラー、
代表観戦グッズもしっかり揃いました。

すっかりサッカーファンの私。
私は今、とても幸せです。

サッカーが好きで好きで、
朝から晩までサッカーのことだけしか考えていたくない
くらいにサッカーが大好きです。

1年半前には予想もしなかった未来。
でも、全然悪くない。
むしろ、素敵。

前を向いています。
成長しています。
背は縮んだけど(爆)
精神的には向上した…かな?

「11」を読んで、
一番印象に残ったのは、
玉田選手の「未来」に対する考え方。
それは、私が目指す「未来」の形。

今よりも向上している自分。

才ある人にだけ許された、最上級の未来。

自分を信じ、常に挑戦を続ける。

誰にでも可能ではあるけれど、誰にでも出来るわけではない。
難しいから。挑戦ってどんな時も自分に対してストイックだから。

才とはそういうものだと思っています。
誰もが持っていて、でも、誰もが存分に発揮できるものでもない。

玉田選手は躊躇なく
「自分が好きだ」
といいました。

それは、才、だと思います。

自分を好きだ、といえる人は強い。
自分を信じられる人は強いです。

そこから生まれるのが、

今より向上している自分

だと思います。

私に足りないもの。
自分を信じ抜く精神力。自分を好きでいる勇気。

無理だ、
そう思った瞬間、努力がなくなるんです。

限界はない、とは思いません。
でも、それって自分ではわからないものだと思うんです。
というか、誰にもわからないんだと思います。

それってつらいですよね。
どこまでいけばいいのかわからない。

だから、限界だ、っていいたがる。
限界を自分でつくりたがる。

そこで、その挑戦は終わってしまう。

大した努力もしないで、限界だって片付けてしまう。

それが「普通」なら、
限界になんて目もくれず、ひたむきに努力し続ける、
それが「才」。

玉田選手は自信家で負けず嫌い、
はなから限界なんて考えもしなかったのかもしれませんね(笑)

でも、どっちにしたって努力していたことに変わりない。
自分の力を信じて、自分の好きなことをとことんつきつめた。

それって、すごいすごいかっこいいと思います。

「11」を読んでから、
私の玉田選手に対する感情は
ただ、好き、love、から、
憧れ、respectになりました。

もちろん今でも誰よりloveなんですけどね。

玉田選手が輝けば輝くほど、
もっと頑張らなくては、と思います。

玉田選手に負けないくらいかっこいい生き方したいな。
無理じゃないと思っています。

まずは、大学受験ですかね。
これは、リベンジでもあるので。

全然努力が足りてない。
変わらなければ、
そう思っている今現在。

思っているだけではだめだと、頭ではわかっているのに…。

まだまだ、ですね。

でも、新学期はまだ始まったばかり。
玉田選手と同様(笑)去年は受験失敗に始まり、
勉強面に関して言えば、最悪の年でした。
たぶん、これ以上さがることは無いと思う(笑)←うけうり

玉田選手が負けず嫌いだってことも、
私が玉田選手に惚れてしまった理由の一つかもしれません。
私は、昔から、プロフィール帳の自分の性格には
負けず嫌い
と書いていましたから(笑)
ちなみに、苦手なことはどうでもいいってのも(笑)
例えば泳ぐのとか。
泳げなさそうな人には負けたくなかったけど(笑)
習ってる人には勝ちたいと思わなかった。
小学校のとき、水泳って9級から4段まであるんですけど、
初段からはタイムがはいるんです。
で、準初段とって私は満足してました。
自分としては、よくやった、みたいな(笑)

なんか、無駄にながいですね。
完全に自己満足の範囲。
ぶっちゃけ、私の昔話しだし(笑)
どこが感想文だよっていう。
だまされた、とか思わないで下さい。
①ってことは②がある可能性が。
そっちは、純粋に、「11」の内容にそっていくつもりです。
まずは、前置きってことで。

…ちなみに、一ついっておくと、
私は自分のことを自己中だとは思っていません(笑)
マイペースだとは思うけど。

とにかく、こんな長い文章、
読んでくださってありがとうございます。



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