*玉田圭司選手&柏*Fight(BLUE×YELLOW)
サッカー大好き女子高生のサッカー観戦記などなど(^^*) 頑張れ!玉田選手!柏レイソル!日本代表! 基本的に毎週土曜or日曜更新
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You shine.
マルタ戦、待ち焦がれていた玉田選手のゴール。

W杯開幕まであと4日。

GET SPORTS。

この前のヒデ特集のやつ。ネタが古い(笑)

で、泣ける泣ける(笑)

かなり短かったけど、いろいろなことを思いだし、考えました。

ジーコ監督との出会いは、玉田選手にとってなにより大きなものだったんじゃないかと思います。

遅咲きのエース

レイソル入団から4年、ベンチにすら入ることが出来なかった屈辱。

移籍まで考えた苦しい日々。

それでも玉田選手は

「腐りかけたり、そのときそのとき愚痴くらいはいったかもしれないけど、次の日には切り替わっていた」

「サッカーを楽しむことだけは忘れなかった」

といいます。
しかしそれは

「我慢の日々」

好パフォーマンスをみせられる自信があるにも関わらず、訪れないチャンス。

それでもひたむきに練習を重ね、サッカーを楽しみ続けた
このスピードスターの才能に、神様が与えたチャンス。

それが池谷監督やアウレリオ監督、そしてジーコ監督との出会いだったのでは、
と思います。

2003年。
レイソルで出場機会を得るようになるのと、
レイソルでエースなるのとは同時でした。

そして、
我慢の日々を乗り越えて、一気にかけ上がった飛躍の階段は
日本代表にまで、つながっていた…。

レフティーの快速ドリブラーはジーコ監督の目に止まり、
2004年
このスピードスターは遂に、日の丸の入ったブルーのユニフォームに袖を通したのです。

しかし。

再び始まる

「我慢の日々」

代表デビューから代表初ゴールまでの道のりは
決して短いものではありませんでした。

何より結果を求められるFWというポジションで、得点がないというのは致命的なこと。

しかし、指揮官は玉田選手を使い続けました。

その才能を信じて、
我慢
し続けました。

そして。

アジアカップ。

そのスピードスターは
レイソルのエース
から
日本のエース
へと変わりました。

日本に、そしてジーコ監督に
優勝というタイトルをもたらし、その名を日本中に知らしめたのです。

ワンダーレフティー
スピードスター
玉田圭司

試合後、指揮官と抱擁をかわした玉田選手の笑顔。

我慢は実を結び、ジーコ監督と玉田選手の間には
あつい信頼関係が生まれました。

「ジーコに恩返しができた」

「でも、もっとしないと」
「できればW杯という、大きな舞台で恩返ししたい」

しかし。

アジアカップが終わり、W杯に向けての最終予選が始まった
2005年。

再び訪れた
「我慢の日々」
は、思いの他深刻でした。

成績不振にあえぐレイソル。

新たなエースの登場に沸く代表。

スピードスターと呼ばれたFWから、次第に輝きが消えていきました。

いっこうに出ない結果。

目に見える形での結果=ゴールはあまりにも遠いものでした。

それでも玉田選手は、ジーコ監督は、
ひたすら我慢を続けました。

指揮官は玉田選手を信じ、気遣い続けました。

結局、代表FW最多出場ながら
代表では2005年のはじめに行われた
消化試合でのゴールを最後に得点はなく
おまけにその年の終盤は疲労骨折のため、代表自体からもしばらく遠ざかりました。

成績不振にあえぐチームをなんとかしようと、
「チームあっての代表」
が持論の玉田選手は、
日立台のエースとして、この状況に責任を感じ、
代表召集を辞退してまでレイソルで戦い続けました。

軸足である右足の疲労骨折を抱えながら、
そのことを公表せず、チームのために
走り、FKやCKを蹴り、シュートをうちつづけました。
ゴールはなかったものの、FKやCKから数々のアシストをしました。

しかし、その右足はとうとう悲鳴をあげたのです。
疲労骨折は治りにくいもの。
そのことを承知の上で、W杯を翌年に控えながら、
強行出場を続けてきた玉田選手。しかし、右足はリーグ終了までもちませんでした。

手術

年内復帰は絶望。

エースを欠いたレイソルはJ116位におわり、
入替え戦、甲府との二戦にも惨敗、J2降格が決定しました。
ベンチの裏でその光景を茫然とみつめていた玉田選手の顔を忘れることはできません。

2004年もレイソルは入替え戦を戦いました。

入替え戦出場が決まってしまった試合後、
玉田選手はサポへの挨拶もままならないままピッチを後にし
泣き崩れ、スタッフに抱えられてロッカールームに戻ったそうです。

エースとして試合にでていながらチームを救えなかった悔しさ。

しかし、入替え戦では気持ちを切り換えて活躍、
レイソルをJ1に残留させました。

しかし、2005年は試合にでることすらできなかった。

ピッチの外から茫然と降格していくチームをみつめることしかできなかった。

完全不完全燃焼。

2006年。
久々に姿をみせた玉田選手は、ユニフォームの色が変わっていました。
背番号も。

黄色の28から赤の11へ。

降格したレイソルに別れを告げ、玉田選手は新しい道を進もうとしていました。

苦渋の決断。

玉田選手はさらなる向上のため、レイソルを離れる決断をしました。

幸い、チームもそのことを認め、快く送り出しました。

チームメイトも、玉田選手のためを思い、移籍に反対することはなかったそうです。

☆玉田圭司選手が名古屋グランパスエイトに完全移籍
玉田圭司選手(25歳・FW)が、名古屋グランパスエイトへ完全移籍することが決定した。玉田選手は「柏でチームのためにプレーしたいという気持ちも強く、非常に悩みましたが、ワールドカップという大きな大会を控え、ひとりのサッカー選手として何がベストかを考えて移籍することを決めました」とコメント。悩みに悩んだ末の決断であることをにじませた。骨折をおしてまでレイソルのために戦い続けた玉田選手を、今は感謝の言葉で送り出そう。
◇REYSOL◇

これはレイソルのメルマガです。

感謝

という言葉が切なく響きました。
私は、このとき、玉田選手のいなくなったレイソルを応援し続けようと決めました。
玉田選手が何より大切にしていたチーム。
玉田選手のおかげで巡り合えた、
私が初めて自らの意志で応援に競技場へ足を運んだチーム。
いつの間にか、レイソル自体に愛着を感じていました。

私は真のグランパスのサポにはなれないけど、
玉田選手を応援する気持ちにもちろん変わりはありません。

玉田選手のゴールを何より願うし、
玉田選手のためにグランパスの勝利も願います。

J1が開幕し、久々に戦列復帰した玉田選手はキレのある動きをみせ
見事アシストを決めました。

しかし、我慢の日々は続いていました。

ゴールが遠い。

怪我の玉田選手の代わりとして代表に選出された
佐藤寿人や、巻が次々ゴールを決めていくなか
玉田選手はJで結果をだすことができませんでした。

グランパスも調子をおとし、悪夢が脳裏をかすめます。

玉田選手はもちろん、グラの選手やグラサポに、
レイソルと同じような体験はさせたくない。

私もグランパスを応援しました。

レイソルほどではないにしても、みているうちに愛着はわくもので(笑)
やっぱりなんとしても勝ってほしいのです。

しかし、チームは浮上することができず、
玉田選手もPKでの1点しか得点がありませんでした。

ところが。

ジーコ監督はそんな玉田選手を代表に召集したのです。

エクアドル戦

久々の代表で、玉田選手はキレのある動きをみせ、
指揮官からの信頼を取り戻します。

ゴールという結果さえでれば。

世間は長らく得点をあげていない玉田選手に不信感を抱き
好調の佐藤選手や巻選手に期待をかけます。

それでも指揮官は玉田選手を信じて使い続けます。

輝いていた玉田を誰より知っているから。

再び輝きをとりもどすと確信しているから。

W杯代表23人選考締切りまで、とうとう玉田選手は
Jと代表合わせてたった1ゴール。

しかし、
2006年5月15日

玉田選手の名前がドイツ行き23人のリストの中にありました。

どんな状況にあっても、自分を信じつづけた玉田選手。

いくつもの苦しい
時、結果、決断…

全てを乗り越えて玉田選手は世界最高の舞台に今あがろうとしています。

そして
2006年6月4日
W杯開幕前最後の代表テストマッチで
とうとう我慢は報われました。
Aマッチ出場17試合491日ぶり、出場時間では代表FW最長の913分ぶり。

長い長いトンネルの出口がみえてきました。

便秘解消の兆し…

前半2分、体勢を崩しながらも左足でおしこんだ
そのボレー。なよなよだったけど、ボールは確実にネットを揺らしました。

この前までだったらきっと決まっていなかった。

でも、今なら決まる。

今だからこそ。

我慢の日々を乗り越えて、一気にかけ上がった飛躍の階段は
日本代表にまで、

そして

サッカープレーヤーなら誰もが憧れる
世界最高の舞台
W杯
にまでつながっていたのです。

マルタ戦、試合内容は決してよくはありませんでした。

でも、
日本中を沸かせたあのスピードスターが
何かを掴んだこの試合。

もしかしたら、
彼は、
また魅せてくれるんじゃないでしょうか。

鮮やかなドリブルと、その左足から放たれる、
日本を救う値千金のゴールを。

実は日本の「ダークホース」

なんだ、マルタ戦、
息を潜めていたワンダーレフティー復活のための試合だったんだ。

W杯終了後、世間が、世界が、
それで納得できればいい。

玉田選手はこれからです。

玉田選手へ

ジーコへの恩返し、できるといいですね。
いや、絶対にしてください。
あなたの人生を変えた"神様"に笑顔を。
あなたと一緒に我慢したサポに笑顔を。
そしてなにより、
あなた自身に笑顔を。

信じています。
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この記事に対するコメント
玉ちゃん!
はじめまして、tommyと申しまする。
玉ちゃんファンです。v-10
読ませていただきました。。(T-T)
玉田選手にも読ませてあげたい思いですね。
これからも応援しましょうね♪
【2006/06/08 17:12】 URL | tommy #ZRWgZAzw [ 編集]

関係ないんですが。。。
カキコ④・⑤回目?のぁんみデス☆
最近玉田選手の写真(画像)を集めてます!!!もし、オススメの画像があったら、今度Reyさんのこのホムペに張ってくれませんか?お願いします!わがままでスミマセン^-^;あ!あったらでいいんでぇぇぇ♪♪♪
また、カキコしに来ます!!!!!
【2006/06/08 19:10】 URL | ぁんみ☆ #jDmAWhM6 [ 編集]


○tommyさん
初めまして(*´∀`*)
コメントありがとうございます!!
いよいよ開幕ですねΣ(゜Д゜)本当、精一杯応援しましょうo(*≧∀≦)o〃まずは一秒でも長くピッチにたてるように…


○ぁんみ☆さん
玉田選手の画像ですかΣ(゜Д゜)…著作権などいろいろあるので、画像を掲載するのはごめんなさい↓

画像のあるサイトを載せておきます。
携帯からなのでリンクはれてません↓ごめんなさい(→д←)コピペして下さい。

http://www.a1.i-friends.st/index.php?in=zeasun

玉田選手の画像がたくさんあるサイトです☆よかったらのぞいてみてください!

http://rknt.jp/soccer12/

サッカーランクサイトです!ここで画像サイトをいろいろまわってみるのも面白いと思います。
【2006/06/08 23:26】 URL | Rey*@管理人 #- [ 編集]

イェイ!!!
ありがとぉござぃますぅ♪
玉田選手カッコイイですね!!!オーストラリア戦は、玉田・高原の2トップ!!!やったねん★☆★
【2006/06/09 16:18】 URL | ぁんみ☆ #jDmAWhM6 [ 編集]


リンクはれてるみたいですねΣ(゜Д゜)FC2、進化してますね(笑)

お気に入りのサイトが見つかるといいですね♪

玉田選手、ミニゲーム後半はレギュラー組に入ったそうですね♪♪♪調子もいいみたいで(*´∀`*)やっぱりマルタ戦での一点は大きかったようです☆
【2006/06/09 20:46】 URL | Rey*@管理人 #- [ 編集]


はじめまして。愛香と申します。
私も玉田選手もファンです。マルタ戦でのゴールは感動しました。
この記事を読んで、また感動し、涙ぐんでしまいました(^^;
オーストラリア戦、たとえ途中出場でも活躍する姿が見たいですね。
それからリスト登録させていただいてよろしいでしょうか?
また遊びに来させていただきますね!
【2006/06/11 18:20】 URL | 愛香 #yHaLjitg [ 編集]


初めまして(*´∀`*)

感動していただけてうれしいです☆柳沢選手先発濃厚だそうで…途中出場でも頑張って点、とってほしいです。

リスト登録、大丈夫です♪

ぜひまた来てくださいね☆☆☆
【2006/06/11 22:35】 URL | Rey*@管理人 #- [ 編集]


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玉田圭司 プロフィール

 2006年ドイツW杯、ジーコに選ばれた23人の日本代表のプロフィール。疾走するスピードスター「玉田圭司」! Helon's Enjoy Life【2006/06/06 22:55】
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